鈴木和樹の活動家日誌

生活困窮の問題をなんとかしたい!の気持ちだけで活動を続けて、早8年目。 鈴木和樹の日々感じたことを書いていきます。

タグ:生活保護

最近、

学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話

という本が売れていて、映画化までされているようです。



鈴木の家は最近までテレビを見ることができない環境だったので

あんまりよく分かってないのですが、流行にのってこの本を読んでみました。



できることなら、有村架純の大ファンですので、映画を見たいのですが、

ひとりで見に行く勇気はありません・・・。



内容としては、一人の塾講師との出会いが、偏差値30の金髪ギャルとその家族の運命を変え、

1年半で慶應義塾大学現役合格までの奇跡をつづった実話といったところですかね。



さて、この実話


貧困家庭では絶対に実現できないことがあります。



①そもそもビリギャルの子は私学の進学校出身


このビリギャルは中高一貫の学校にいっていたわけで、小学校時代にお受験を経験している。

当然小学校の知識だけでは合格できないので、最低限の知識をそもそも持ってたし、

家も、生活保護以下の経済状況ではなく、最低でも中流家庭以上の金銭的余裕があった。

と考えられる。


子供の貧困は、


①親の収入少ない

②十分な教育が受けれない

③進学、就職で不利

④収入の高い職に就きにくい

⑤子供世代も貧困に


と①-⑤のループが発動するわけです。


日本の教育支出は、9%ほどで、先進国の13%に比べて低い(2010年OECDより)


しかも、教育にかかるお金を家庭で負担する割合が先進国に比べて倍以上

ということで、ビリギャルの家が貧困家庭だったら彼女は慶應の前に

中高一貫の私立学校に子供の時点でいけてません。



②高い塾の費用が払えた


ビリギャルが通ってた塾の料金は

週4時間で1時間2000円程度(塾のホームページを参考)


それを週4回いっていたので、毎回1時間だけだとしても、

週8000円 月に32000円程度の月謝が最低でも掛かっていたと考えられます。


さらに、本を読み進めると、3年時には無制限コースというものに変更し、

100万円以上のお金を塾の費用として前払いで一括で支払っています。


今の時代2人に1人は塾に行っている時代です

文部科学省の平成20年子供の学習費調査によると、


公立学校に通う子供の親の年収が400万円未満と、

親の年収が800万円以上の学校以外の塾などにかけるお金を

比較すると、倍以上の金額差がでます。



そして、塾に通っている子供の方が、成績上位の傾向が強い

という結果もベネッセの調査で明らかになっています(教育関係の企業調査なので参考程度で・・・)



ということで、ビリギャルの家がお金を持っていたからこそ、

運命を変えてくれた塾の先生に会えたわけです。


貧困家庭だったら、無制限コースの話の前に、

入塾すら危ういわけです。

慶應なんぞ、受験できなかったわけです。



③合格後もきちんと学費が払えた。


ビリギャルは努力の末、慶応大学の総合政策学部に合格します。

ここで、大事なのは、努力のあとの話。

高い私学の学費を払えるだけの金銭的余裕がビリギャルの家にはあったわけです。


もしかしたら、学生支援機構で奨学金を借りていったのかもしれませんが

奨学金=借金ですので、

貧困家庭で育った場合、働き出したら家族への仕送りなども考えなければいけないので、

そもそも、奨学金を借りても返せなくなる可能性も考えなければいけないため、

私学受験のハードルは、家がお金持ちだけど、学費は奨学金を借りる

というパターンとは状況がまったく違います。


後者は、最悪親に払わせることができる可能性がありますが、

貧困家庭ではそんなことは望めませんので、

奨学金を借りるには、大きな覚悟が貧困家庭の子では必要になります


しかも、学費だけでなく、地方から都内に引越しをし、生活するとなれば、

最低でも、10万程度月にかかるでしょう。

そのお金も貧困家庭に生まれたらなんとかしなければいけません。


ということで、ビリギャルは合格後も家族のバックアップがあった可能性が高いので、

安心して大学生活を送ることができたと推測できます。




①~③までいろいろ書きましたが、

子供の貧困問題って大事でしょ?

ってのが言いたかったわけです。


①塾にも行かせてあげられるし、親も教えてあげられる環境の子
②塾には行かせられないが、親が教えてあげられる環境の子
③親は教えてあげられないが、塾には行かせてもらえる環境の子
④能力が高く、自主勉強でOKな子

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
⑤親も教えられない、塾にも行かせてあげられない、能力的に学校の授業だけでは無理な環境の子



この⑤の子を社会全体で支える仕組みが必要です。


いま、全国で無料学習支援などの活動が拡がりを見せていますが、

まだまだ地域の取り組み格差はあります。


生活困窮者自立支援法でも学習支援が組み込まれており

全国の自治体の3分の1程度は今年度から実施をしています。



先駆的な事例を全国で共有していきたいものですね。









 http://www.nhk.or.jp/heart-net/tv/calendar/2015-04/02.html
(NHK ハートネットTV)


鈴木和樹が出演します。


生放送でツイッターで議論に参加できます。
ぜひ応援ツイートしてください!

著書を全て持っている宮本先生と一緒に議論できる喜びを感じています。

下記は詳細になります。
 

詳細

徹底生討論 新制度をいかすために

日時  4月2日 20:00~20:30
放送局  NHK ハートネットTV
出演者 宮本太郎(中央大学教授)
    鈴木和樹(NPO法人POPOLO 事務局長)

案外盲点なのですが、市役所の生活保護のページで
困ったときにここに連絡を!
みたいに担当課の番号があるのですけど

電話番号しかないところがまだけっこうあります。
 

ちなみに静岡県内の中核市以上でみてみると
 

掛川市、島田市、藤枝市、焼津市、
富士市、沼津市、富士宮市
 

に関しては問い合わせメールアドレスが記載されてて
携帯電話がなくても、ネットカフェなどから
夜間にでもSOSを行政に対して発信できます。
 

これってけっこう大事なことだと思います。
 

なんでこんなことを書いたかというと、
そのメールがあったから犯罪に走らずに
POPOLOを紹介してもらい、
助かりましたと、今日入所した方がいっていたのです。
ほんと勉強になりました。

これアウトリーチの基本。
 

そして、もっと素晴らしいのはそのメールに
行政がしっかりと無視せず対応したことが
当たり前かもしれないけどほんとによかった。
たらい回しにされかけてた彼が、
もう一度信じてみようというきっかけになったと言ってました。
 

ぼくもこれは気がつかなかった・・・。反省。
ってことで調べてみたのでブログに書いてみました。

県内には政令指定都市が2つあるのに、
メールでのSOSは対応していないようです。 

藤枝市社会福祉協議会主催
「大人のための福祉講座」の講師を引き受けました
 

社会人対象みたいなんで社会人の方ぜひお越しください
 

2月28日
13:30~15:30
 

場所 静岡産業大学 ウィステリアホール
参加費 無料
申込 電話、郵送で藤枝市社会福祉協議会まで


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活動を同世代でがんばってる藤田さんの記事から
引用しようと思います。

http://bylines.news.yahoo.co.jp/fujitata…/20150126-00042559/

ぼくはよくアリとキリギリスの話を
自己責任論を言う人にいいます。

知ってると思うけど、
アリとキリギリスの話って

夏の間に汗を流して頑張ったアリ、
その一方で遊びほうけてたキリギリス。

キリギリスは、楽しむことをせずに真面目に働くアリを
馬鹿にして夏をすごします。

冬になって、キリギリスが食べ物に困ってしまう
アリは夏頑張ったから困らない

外国の話だと、アリから食べ物を貰えず、
夏に頑張らなかったお前が悪いといわれ
キリギリスは飢えて死んでしまう。

日本の最後は、
アリが食べ物をわけ、今度はちゃんとコツコツと夏に食べ物を
しっかりと集めておくんだよ
という形で結末が違う。

生活保護制度というのは、誰でも平等に困ったときに使える制度だ。
だから、困ったときは貧困になった理由なんか関係なく
なんら恥じることなく
堂々と使える制度でなければいけないとぼくも思っている。

生活保護をぼくは小さい頃に受けていたから、
それで友達の親から心無いことをいわれたりもした。

でも、ぼくは親を選ぶことはできなかった。
出来ることならみんなと同じような
家庭に生まれたかった。
これはぼくの自己責任でしょうか?

障がいをもって生まれた人は、
自己責任でしょうか?

貧乏で大学に行けなかったがゆえに、
希望の就職先を諦めなければいけないことは
自己責任でしょうか?

精神疾患になるのは自己責任でしょうか?

という風に、生まれながらの環境や、
突然の災難や病気などで生活保護制度を
利用せざるえない人がいます。

ここの部分については、
国家の介入をできるだけなくせ!減税だ!
という人にも、
大きな福祉国家だ!という
方にも当然受け入れられる主張だと考えます。

ここをおかしいという人自体はすくないのかな。
感覚的にだけど。
いちばんネックなのが、
仕事はやりたくありません。
保護をもらってのんびり10万くらいで過ごしたいです。
っていう人の場合(こういう人はけっこう少数なんだけどね)

福祉に限らず国家の介入をできるだけ小さく!という考えの人は
けしからん!税金の無駄だ!
自分で遊んでて困ったんだろ?
ほっとけよ!
という方が多い印象。
頑張ってた人限定だよねって感じかな。

福祉は多大に国家の介入をするべきだ!という考えの人は
その人がそういう考えに至ったのは
なにかしらの原因があるんだろう
と、保護をもらって暮らしたいと考えるまでに至る
なにかしらのバックボーンを意識します。

生活保護制度だけを切り取って考えるから
両者の考えは平行線のままだ。

そもそも、働けるのに働く意欲がなんらかの
事情や背景で、沸き上がらない状態の方を
どんな制度や支援で、
意欲向上ができるかという観点で
生活保護とセットで新しい形の
生活保障を構築していかなければ、
今の生活保護制度バッシングはなかなか止まらない。
(生活保護と生活保障と漢字がややこしいな・・・)

だからこそ、宮本太郎先生が提唱している


閉じたコミュニティの開放を橋渡し支援
底上げ型所得保障と給与比例型の所得保障との連動
労働市場そのものの見返りを高めていく
持続可能な雇用創出
ワークライフバランス


を日本型の生活保障のような取り組みとして実践していく
必要があると感じています。


ぼくはキャリアコンサルタントなんで、
その観点に福祉実践者としての想いを書くとすれば


仕事(給与がでるかどうかではない)というのは、
人生で睡眠と同じくらいの時間を使う活動です。


仕事や人間関係が複雑化していく中で、
キャリア(経験)というものをもっと、
大事にしながら、その人個人個人にあった
働き方だったり、生き方だったりを、
人生の節目で情報や環境が目まぐるしくかわる
現代社会だからこそ、収入を得る仕事だけでなく、
様々な岐路で自分らしい選択ができるよう
応援していく制度がやはりいまの福祉制度には
かけていると感じている。


まとまりのない文章になってしまったけど、
言いたかったことは


ぼくは日本版のアリとキリギリスのような話になるように、
生活保護を望む人は、使えるような社会にしたいし、
生活保護批判が起こらないような社会にするために
たくさんの人が理解を示してもらえるような
仕事(居場所と変えても可)というものを観点とした
新しい生活保障のかたちを作っていきたい
がんばろう!やりなおしたいという方を
何度でも手を差し伸べる社会がいいな。


その第一歩として、
県内における官民一体となった、
食によるセーフティネットの創出だったり
行政間の枠組みを超えた、
広域連携による生活困窮者支援法の拡大解釈
(実現できたのは静岡県だけみたいです・・・いい前例になるといいな)

だとぼくは思っている。

こうした影響力のある著名な藤田さんのような方が、
たくさんの人がみるYAHOOという媒体で
生活保護制度についてたくさんのかたの偏見を
変えるきっかけになってくれるので、
ぼくら地方で細々やってる人間としてはありがたいなとおもう。

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