鈴木和樹の活動家日誌

生活困窮の問題をなんとかしたい!の気持ちだけで活動を続けて、早8年目。 鈴木和樹の日々感じたことを書いていきます。

2015年05月


5月19日でフードバンクふじのくにが設立1周年を迎えました


そこで、1周年記念フォーラムが開催されました。


記念講演に栄養学博士の井出留美さんをお呼びして、

【食品ロスの現状と企業にできること】 をテーマに

諸外国の事例などを交えお話しいただきました。

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静岡県、フードバンク団体自体がコンソーシアムの形を取っていたり、


湖西市や島田市で食品の回収ボックスが設置されていたり、


地元スーパーにも食品回収ボックスがあったりと、


全国的に後発団体にも関わらず、取り組みは進んでいます。


生活困窮者自立支援法が施行され、
食料支援のニーズが高まっている中で、

私達にできることは、非常に大きいと感じています。


これからも、立場を超えて、団体の垣根を越えて、

オールしずおかの体制でフードバンクを展開していきたいです。 


先日、静岡県初の市民が設立した、
公益財団法人ふじのくに未来財団の理事会が行なわれました。 

鈴木も理事として活動に関わっています。

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ちょっとぼくが見切れていますが、そのほかの理事の面々です。

NPO関係者から、経営者、IT関係者、法律家などで理事会は構成されています。


今回の理事会は市民財団をどうやって県内に広めていくかを中心に議論されました。


自治体間の移住者獲得合戦もおんなじだと思うのです。
テレビで特集をやっていたんですが、
 
1ヶ月半で、34件しかない静岡県の移住相談窓口。
 
有楽町の移住センターにほかの自治体同様に、
静岡県と静岡市が相談窓口おいたって
移住者増えるなんて幻想ですよね。

 
それだったら、お金かかっても、
例えば109とか、
新橋のオフィス街の1階とか、秋葉原の駅前とか
 
思い切って目立つ場所でやらんと
意味がないように思うんですよね。

 
予算の問題とか
賛否があることは認識しているけど、
思い切った取り組みをやらんと
発展ってないと思うのです。


ってことで、 公益財団であるふじのくに未来財団も
県民に寄付文化を根付かせる仕掛けの部分を
ありきたりのような戦略はとっちゃいけないなぁと感じています。

ストーリーを作っていくことがとても大事だなぁと思っています。


下の画像は


左側が今後行われるあさひテレビさまの未来財団応援企画の素案チラシ

右側は現在行われている静清信用金庫さまの未来財団応援企画のチラシです。

こういった企業とのコラボレーション寄付企画を次々と仕掛けていきたいものです。 


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鈴木が事務局次長を勤めている
NPO法人フードバンクふじのくにも、
おかげさまで設立1周年を迎えました。


当日は、記念講演と致しまして


井出留美さん(株式会社office3.11 代表取締役)をお呼びして、

「食品ロスの現状と食品事業者にできること」

を講演の柱としてお話しいただきます。


記念講演をはどなたでも参加できます。
ぜひお越しください!


開催日 2015年5月19日 14:00~16:30

場所  ALWF ロッキーセンター3階 会議室  

最近、

学年ビリのギャルが1年で偏差値を40上げて慶應大学に現役合格した話

という本が売れていて、映画化までされているようです。



鈴木の家は最近までテレビを見ることができない環境だったので

あんまりよく分かってないのですが、流行にのってこの本を読んでみました。



できることなら、有村架純の大ファンですので、映画を見たいのですが、

ひとりで見に行く勇気はありません・・・。



内容としては、一人の塾講師との出会いが、偏差値30の金髪ギャルとその家族の運命を変え、

1年半で慶應義塾大学現役合格までの奇跡をつづった実話といったところですかね。



さて、この実話


貧困家庭では絶対に実現できないことがあります。



①そもそもビリギャルの子は私学の進学校出身


このビリギャルは中高一貫の学校にいっていたわけで、小学校時代にお受験を経験している。

当然小学校の知識だけでは合格できないので、最低限の知識をそもそも持ってたし、

家も、生活保護以下の経済状況ではなく、最低でも中流家庭以上の金銭的余裕があった。

と考えられる。


子供の貧困は、


①親の収入少ない

②十分な教育が受けれない

③進学、就職で不利

④収入の高い職に就きにくい

⑤子供世代も貧困に


と①-⑤のループが発動するわけです。


日本の教育支出は、9%ほどで、先進国の13%に比べて低い(2010年OECDより)


しかも、教育にかかるお金を家庭で負担する割合が先進国に比べて倍以上

ということで、ビリギャルの家が貧困家庭だったら彼女は慶應の前に

中高一貫の私立学校に子供の時点でいけてません。



②高い塾の費用が払えた


ビリギャルが通ってた塾の料金は

週4時間で1時間2000円程度(塾のホームページを参考)


それを週4回いっていたので、毎回1時間だけだとしても、

週8000円 月に32000円程度の月謝が最低でも掛かっていたと考えられます。


さらに、本を読み進めると、3年時には無制限コースというものに変更し、

100万円以上のお金を塾の費用として前払いで一括で支払っています。


今の時代2人に1人は塾に行っている時代です

文部科学省の平成20年子供の学習費調査によると、


公立学校に通う子供の親の年収が400万円未満と、

親の年収が800万円以上の学校以外の塾などにかけるお金を

比較すると、倍以上の金額差がでます。



そして、塾に通っている子供の方が、成績上位の傾向が強い

という結果もベネッセの調査で明らかになっています(教育関係の企業調査なので参考程度で・・・)



ということで、ビリギャルの家がお金を持っていたからこそ、

運命を変えてくれた塾の先生に会えたわけです。


貧困家庭だったら、無制限コースの話の前に、

入塾すら危ういわけです。

慶應なんぞ、受験できなかったわけです。



③合格後もきちんと学費が払えた。


ビリギャルは努力の末、慶応大学の総合政策学部に合格します。

ここで、大事なのは、努力のあとの話。

高い私学の学費を払えるだけの金銭的余裕がビリギャルの家にはあったわけです。


もしかしたら、学生支援機構で奨学金を借りていったのかもしれませんが

奨学金=借金ですので、

貧困家庭で育った場合、働き出したら家族への仕送りなども考えなければいけないので、

そもそも、奨学金を借りても返せなくなる可能性も考えなければいけないため、

私学受験のハードルは、家がお金持ちだけど、学費は奨学金を借りる

というパターンとは状況がまったく違います。


後者は、最悪親に払わせることができる可能性がありますが、

貧困家庭ではそんなことは望めませんので、

奨学金を借りるには、大きな覚悟が貧困家庭の子では必要になります


しかも、学費だけでなく、地方から都内に引越しをし、生活するとなれば、

最低でも、10万程度月にかかるでしょう。

そのお金も貧困家庭に生まれたらなんとかしなければいけません。


ということで、ビリギャルは合格後も家族のバックアップがあった可能性が高いので、

安心して大学生活を送ることができたと推測できます。




①~③までいろいろ書きましたが、

子供の貧困問題って大事でしょ?

ってのが言いたかったわけです。


①塾にも行かせてあげられるし、親も教えてあげられる環境の子
②塾には行かせられないが、親が教えてあげられる環境の子
③親は教えてあげられないが、塾には行かせてもらえる環境の子
④能力が高く、自主勉強でOKな子

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
⑤親も教えられない、塾にも行かせてあげられない、能力的に学校の授業だけでは無理な環境の子



この⑤の子を社会全体で支える仕組みが必要です。


いま、全国で無料学習支援などの活動が拡がりを見せていますが、

まだまだ地域の取り組み格差はあります。


生活困窮者自立支援法でも学習支援が組み込まれており

全国の自治体の3分の1程度は今年度から実施をしています。



先駆的な事例を全国で共有していきたいものですね。








4月末に2014年5月に静岡県内、6月に関東で放送された、
私の活動を半年かけて追っかけてくれて制作された

FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品

家なき人とともに


が再放送されたようです。(本人まったく気がつかず)


第23回FNSドキュメンタリー大賞ノミネート作品 家なき人とともに


ブログのアクセスが多いなぁとか思ってたんですよねー。

問い合わせの電話やメールも来ているとのこと。


私も身近な仲間に寄り添えるようになりたいとか、
人との関係性の大事さを知りましたとか、
自己責任の社会じゃいけないよねとか、
鈴木と会って話したいとか



ほんとに励みになる言葉をいただきました。



書き損じのはがきなども匿名で送ってくださる方もいました。

応援してますの一言がメモに書かれており、

こうやって見てくれている人はいるんだなぁと実感しつつ、

しっかりと活動を続けていこうという責任も感じます。


自分が有名になれば、どこに相談していいか困ってる人が
たどり着けるのかもしれないと思って、
自分にやれることを8年間続けてきました。


これからもその想いは変わらないですし、

ぼくの発信で影響を受ける方が1人でもいる限りは、

こういった取材は受けたいと思っています。



『誰が為に鐘は鳴る』

イギリスの詩人、ジョン・ダンの言葉がとても胸に響きます。



誰かの痛みは自分の痛み。

困ったが言える社会を作っていきたい



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