鈴木和樹の活動家日誌

生活困窮の問題をなんとかしたい!の気持ちだけで活動を続けて、早8年目。 鈴木和樹の日々感じたことを書いていきます。

2015年03月


私個人のホームページを開設しました。
自分の所属している団体などの活動を紹介しつつ、
関わっている団体さんとの対談などを掲載していこうと思っています。

作成してくれた友人に感謝です。


鈴木和樹公式サイト

http://suzuki-kazuki.jp/
 


ぼくが理事をしている、
一般財団だったふじのくに未来財団が、 


4月1日より、ついに・・・


公益認定されます!! 


静岡県記者発表のリンク


静岡県 記者発表 ふじのくに未来財団


制度的枠組みでは十分対応しきれない社会の課題解決に取り組む
NPOの支援だけではなく、
寄付を通じて、県民自体が社会課題解決に向けて、間接的に関わり、
誰もが住みやすい社会を作ることを目的に

様々な立場の人たちが手弁当で、一から立ち上げた財団です。


県民が作った公益財団です。


受け皿は作りました。
あとはどう仕掛けていくか。


県民に興味を持ってもらえるようにNPOは活動を頑張らなければいけませんね。






 


3月29日に

相談役をしています、
NPO法人やまっこの家

就労継続B型作業所完成式典に参加をしてきました。 


当日はPOPOLO理事長の望月と一緒にお花もお祝いにプレゼント


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新事業所お披露目会には、80名ほどの人が駆けつけていました。



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実は、このやまっこの家は


静岡市の中山間地域に事業所があるのです。


バス停の終点から徒歩で1時間以上、
車で15分程度かかる場所にあり、
人口が減っている地域でもあります。


しかし、大自然の中でのびのびとした環境で、
地域の方とふれあいを持ちながら
農作業を通して、作業を行うことで、
精神障がいをもつ利用者さんにとって
心がやすらげる場所なのです。


NPO法人POPOLOでも、障がいをもった相談者は日々訪れます。
調べてみたら障がいだったという方もいます。


生まれた環境や、障がいの有無で差別されることなく、
同じ命として扱われる社会である必要性をいつも感じます。


そして、その人にあった居場所を見つけてもらうことが大事だと思っています。


やまっこの家は、そんな居場所になれる可能性をもった
優しい気持ちになれる施設です。



 

静岡市、富士市の小、中学校を回ろうと思っている。
(理由はその地域にPOPOLOがあるから)
 

個別支援の部分をPOPOLOでフードバンク支援をして
行政、社会福祉協議会や福祉施設は
フードバンクふじのくにが団体支援を行う
 

というやり方がいまの静岡県内でのフードバンク活動だ。
POPOLOでは事務局長
フードバンクふじのくにでは、事務局次長

と、両方に関わらせていただいている。
 

ぼくが子供のとき、ご飯を食べることができずに
学校にいっていたことがありました。
お金がないからです。


今もそういった朝ごはんを食べることができずに
学校に来ている子供がけっこういると思う。
 

きっと、学校の先生とかが、
見るにみかねて自腹で朝食を食べさせたりもあるだろう。
 

そういったケースにフードバンクが
活かせるのではないかと思っている。
 

生まれた家が貧乏でも、お金持ちでも
朝ごはんを食べさせてもらえない状況って
あるかもしれないので、
そんなときに食事が最低限取れるように
フードバンクの活用を学校に定着させたい。
 

学校がというのが教育委員会的にまずいのであれば、
個人支援に切り替えて、子供に直接渡す仕組みでもいい。
(親権者に許可取らずに食料をあげるってのがどうなるのか課題はあるけど・・・)
 

確実に子供が食べれてないという
事実を把握しやすいのは学校の先生だから、
なんとかスクラムが組めないかなーと
思ったりしています。
 

制度とか、政策とか作る側が
こういう立場にいない人ばっかりだから、
待っててもぼくが死ぬまでにそういった仕組みはできないだろうし、
そういった仕組みがいつのまにかできている状況にしちゃえば、
後から制度は付いてくるだろうという考えです。

とりあえず動いてみます。


全国のフードバンク合同でそういった声明とかだしたいなー 

帰りの電車で、
ぼくと同じように困窮者の自立のお手伝いをしていた、
ある方が自死したという話を友人から聞いた。
 

自分の時間を削って、一生懸命でいつも笑顔で他者と接する方だった。
ぼくはそれほど接点があったわけではないが、
相談電話を彼が受けて、野宿者の方が
POPOLOにつながったケースもあった。
 

支援活動をしていた傍らで、彼自身の生活自体が
苦しい状況であったようだ。
 

ぼくらの活動は支援対象者からお金を得ることは
なかなか難しい。(貧困ビジネスは別)
 

一生懸命やればやるほど、自分のお金を使うことになりがち
 

ぼくは、そんな彼のSOSを見逃してしまっていた。
彼が自死した部屋には、
POPOLOで用意したフードバンクの食料が家にあったらしい。
これは、現場をみた方から聞いた話。
 

行政にSOSを出していたんだ。
そして、ぼくらは空腹を満たすための
応援は出来たのかもしれないが、
心の空腹に気が付けなかったし、
彼の心の声に気がつけなかった。
 

行政を通じての支援にこだわっていたのは、
命を守るためだ。
 

それでも、彼の自死を止めれなかったのは、
今のぼくらの考えている仕組みが不十分だったのかもしれない。
 

孤立が原因なのか、金銭的なことが原因なのかは
ぼくには、わからない。
 

でも、まだできることが、顔を合わせていた
ぼくらにはあったんじゃないかと思う。
 

政策とか、制度を作るとかどうでもいいから、
とにかく命を守れる人にぼくはなりたいです。

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